多発性硬化症(MS)とケトンダイエット

マイスターのIさんからから多発性硬化症とケトンダイエットに関する質問を頂きました。

ケトンダイエットのMSを含む自己免疫疾患への応用に関する日本語情報はほとんど存在しなかったのでその方への提供した情報を公開することにしました。公開の目的は他のマイスターの方々への情報提供であり、診断・治療・予防などの医療アドバイスを目的としたものではありません。病気の治療を目的とした食事法を含むあらゆる意思決定は必ず主治医と一緒に行ってください。

多発性硬化症(以下MS – Multiple Sclerosis – )

MSに関する基礎情報は脳神経関連の学会や製薬会社からオンラインで提供されていますので「多発性硬化症」と検索し、そちらをご覧ください。

MSの特徴を簡単にまとめてみました。

* 神経細胞の軸索を覆うミエリンが免疫により攻撃される自己免疫疾患
* 多様な神経症状が再発と寛解を繰り返す
* 女性が男性よりも罹患率が高い傾向(約3:1)
* 日本では1万3000人、WHOでは世界で250万人が罹患
* 発症のピーク年齢は20-40代
* 進行のパターンにより4種に分類される

  •  慢性進行型 PRMS (Progressive Relapsing Multiple Sclerosis) 5%
  •  二次進行型 SPMS (Secondary Progressive Multiple Sclerosis)
  •  一次進行型 PPMS (Primaryy Progressive Multiple Sclerosis) 15%
  •  再発寛解型 RRMS (Relapsing Remitting Multiple Sclerosis) 80%->SPMS

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MSは特定疾患に分類されています。特定疾患とは原因不明の難病として指定されているということです。

自己免疫疾患

生物の免疫システムはウイルスやバクテリアの様に「自己」ではなく「外部」からのもので、なおかつ「安全」でないと判断した時にそれを攻撃する防御機能を持っています。自己免疫疾患とはこの免疫システムが「自己」のものを攻撃することで起こります。つまり正常に機能している細胞の破壊がおこることで、その部位が機能不全となってしまいます。

MSとは免疫が神経細胞の電気信号を絶縁する役割があるミエリンを攻撃・破壊し、情報伝達が機能しなくなる症状です。

同様に甲状腺が攻撃されると橋本病などの甲状腺障害となり、皮膚が攻撃されると発疹やアトピー性皮膚炎や乾癬等が起きます。肺が攻撃されると喘息になり関節が攻撃されるとリウマチ性関節炎となります。つまり起こっていることは正常な細胞への同様の攻撃なのですが、起こる部位とその症状の違いによって病名が異なってくるのです。

伝統医療による治療と限界

自己免疫疾患の治療に使われる薬は免疫反応や免疫細胞の分裂を阻害する働きがありますが、身体の防御機能が低下したり、様々な副作用が起こります。

MSを含むあらゆる自己免疫疾患は薬品を用いる伝統医療では根本的に回復しません。薬による治療の目的は症状による生活の質への影響を抑え、進行のスピードを抑える可能性を高めることです。MSにおいては、最終的に病状は進行していきます。

遺伝的影響は少ない

MSの発症は遺伝的要素があると言われています。遺伝子学の研究が進み、MSに関係があるとされる遺伝子が百あまり発見されていますが、どれも決定的にMSの発症との関連性が高いわけではありません。自己免疫疾患は食べ物や毒素など、環境による影響によりその遺伝子のスイッチが「On」になることで起きます。遺伝子は「Off」だったものが、食事で「On」に切り替わり発現してしまいます①。環境による影響、おもに食事によって発症するかしないかが決まってしまいます。

機能性医療によるアプローチ

伝統医療はおおむね症状の治療のみを対象としていますが、機能性医療は患者を全体でとらえ、対話により受診履歴、遺伝、環境、食事を含むライフスタイルの慢性病への影響をもとに医療を提供しようという試みです。https://www.functionalmedicine.org/

機能性医療では自己免疫疾患の原因として神経変性に対しいくつかの仮説があります。

一つはタンパク質の変性です。つまりミエリンのタンパク物質が過剰な糖質摂取と代謝による糖化や酸化により、別の物質に変わります。異質な物質だと判断されるとそこに対して攻撃が始まります。
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もう一つは免疫の過剰反応です。炎症を強めるω6と弱めるω3の脂肪酸バランスや、抗酸化物質量の低下によるフリーラジカルや毒物の増加、グルテンを含む腸内炎症を起こす糖質摂取、細菌を常時生産する慢性疾患などです。

これらの要素は多くがライフスタイル、主に食事の変化により改善が可能です。

ダイエット(食事法)とMS

伝統医学において進行型MSは基本的に改善することはないとされますが、狩猟採集時代の人間が摂取していた栄養を意識して食事内容に組み込む「パレオダイエット」などの糖質制限食、もしくはそれに準ずる食事法を取りいれたMS患者の症状が改善したという体験談(英語)はウェブ上で数百の規模で見つけることができます。このダイエットは様々なバリエーションがあり、その多くが以下の組み合わせになります。
○ グルテンを含む食材、もしくは穀物を全て制限
○ 糖質制限
○ ω3摂取の増加、ω6摂取の制限
○ 食品添加物等あらゆる毒物を制限
○ 肉や卵を牧草牛・自然卵に制限
○ 乳製品の制限
○ その他あらゆる炎症を起こす可能性のある食材の制限

ケトンダイエット

パレオダイエットや一般的な糖質制限食ではMSへの効果が出ない患者が、食事制限においてはよりハードルの高いケトンダイエットに切り替えることで症状の改善を体験することもあります。ケトンダイエットとその他の糖質制限ダイエットとの違いは、ケトンダイエットは「ケトン体の発生」を目標の一つに設定することです。

ケトンダイエットは1920年代からてんかん発作に対する有効な治療法として存在してきましたが、近年では加齢とともに起きやすくなる様々な神経変性疾患に対する治療法としてその将来を期待されています④。アルツハイマーやMSの治療法としての臨床実験は試みられていますが、これが保険適用の正式治療として認められるまでには、まだ時間がかかるでしょう。。

しかし、ケトンダイエットは「食事法」ですので、医師の指導のもと食事の内容を変えるだけで簡単に実行することが可能です。ケトンダイエットも様々な亜流がありますので、指導によっては食事から十分な摂取が不可能な栄養をサプリから摂取していく方法もあります。健康なミエリンを作るにはビタミンB1【チアミン】,B9【葉酸】、B12【コバラミン】、DHA、ヨウ素が必要です。また神経伝達物質の機能にはビタミンB6,硫黄、アミノ酸(トリプトファン)等を摂取していきます②③。

ケトンダイエットがなぜMSを改善させるのかについてはまだ解明されていませんがいくつかの仮説が注目されています。ケトンダイエットはケトン体を発生させることでATP生産を高め、フリーラジカルの発生を減少し酸化ストレスを減少することで、神経細胞を防御してくれます。またブドウ糖レベルが適正化されるため、MSの原因として仮説されているミエリンの糖化が起こりにくくなります⑤⑥

ダイエット療法は主治医のもとで

糖質制限ダイエットもしくはケトンダイエットなどを治療目的に行う場合は、糖質制限に理解ある医師のもとで行ってください。伝統医療におけるMS治療は主に免疫反応を抑えるステロイドにより行われますが、突然の休薬は思いもよらない反応を引き起こすことがあるので、糖質制限を行う時のステロイドおよびその他処方薬の減薬は症状の回復をみながら慎重に医師が判断します。ダイエットが体質に変化を及ぼすまで数週間かかります。

書籍の紹介

自己免疫疾患をダイエットにより治療する機能性医学に詳しい2人のドクターによる書籍が出版されています。この二人はともに自身の自己免疫疾患の進行を止めて生還した体験をベースにそれぞれ内容は少しことなりますが、自己免疫疾患から回復するための食事プログラムを提案しています。日本でも早くこのような本が出版されることで、多くのMS、そして自己免疫疾患の患者さんが健康を取り戻すきっかけを手にすることでしょう。

The Wahls Protocol

著者のテリ―ウォール医師は再発寛解型から二次進行型MSに移行しながらも、独自のリサーチによって自らの症状を改善させた経験から、ウォールズプロトコルというダイエット+αのメソッドを提案しています。食事法を患者の状態に応じで3段階のプログラムを用意しており、彼女自身が実践しているのはWahls Paleo Plusと呼ばれるケトンダイエットです。

The Autoimmune Solution

甲状腺疾患であるパセドウ病から回復した体験のあるAmy Myers 医師が自己免疫疾患を分かりやすく解説し、30日間の食事プログラムを公開しています。

その他情報

DIRECT-MS
http://www.direct-ms.org/

DIRECT-MS は1998年にMSの子供を持つPhD Embryにより設立された非営利団体です。MSに関する科学論文の提供と研究の助成を目的としており、MSとダイエットに関する論文が整理されています。
http://www.direct-ms.org/journalarticles.html

 

参考文献

1. Willett WC. Balancing life-style and genomics research for disease prevention. Science. 2002 Apr 26;296(5568):695-8.

2. Bourre JM Effects of nutrients (in food) on the structure and function of the nervous system: update on dietary requirements for brain. Part 1: micronutrients. J Nutr Health Aging. 2006 Sep-Oct;10(5):377-85.

3. Bourre JM Effects of nutrients (in food) on the structure and function of the nervous system: update on dietary requirements for brain. Part 2 : macronutrients. J Nutr Health Aging. 2006 Sep-Oct;10(5):386-99.

4. Balietti M, Casoli T, Di Stefano G, Giorgetti B, Aicardi G, Fattoretti P. Ketogenic diets: an historical antiepileptic therapy with promising potentialities for the aging brain. Ageing Res Rev. 2010 Jul;9(3):273-9. doi: 10.1016/j.arr.2010.02.003. Epub 2010 Feb 24.

5. Carl E. Stafstrom and Jong M. Rho. The Ketogenic Diet as a Treatment Paradigm for Diverse Neurological Disorders. Published online 2012 Apr 9. Front Pharmacol. 2012; 3: 59.

6. Kim do Y, Hao J, Liu R, Turner G, Shi FD, Rho JM. Inflammation-mediated memory dysfunction and effects of a ketogenic diet in a murine model of multiple sclerosis. PLoS One. 2012;7(5):e35476. doi: 10.1371/journal.pone.0035476. Epub 2012 May 2.

その他参考文献
RJ Fox, F Bethoux, MD Goldman, JA Cohen Multiple sclerosis: advances in understanding, diagnosing, and treating the underlying disease Clinic journal of medicine, 2006